2014年7月28日月曜日

僧侶と巡るロータスロード (2) 唐招提寺 仏像編

暑い中の散策だけれど、意外に雲も出てきて炎天下からは時々解放される。

薬師寺から歩いて10分ほどで唐招提寺に到着する。そして僧侶もバトンタッチ。今度は石田僧侶で年齢は最後の法話のときに、生まれた年が昭和42年と言っていたので、今年47歳ということだろうか。

まずは門を入った日陰のところでのお話から。鑑真和上が長い歳月をかけて日本に渡来した末、ここに唐招提寺を建てた。昔は中国から多くのことを学び影響を受けていたんですよ、と石田僧侶。本当にそうだと思う。今は関係が冷え込んでいたりと嫌なニュースが多いけれど、鑑真和上のように命をかけて渡来し、仏教を伝えようとした人もいたということを、忘れてはダメだよな、と話を聞きながら思う。


唐招提寺の境内で説明をする石田僧侶

そして金堂へ。ここのご本尊や両脇に立つ仏像は薬師寺より大きい。ご本尊は盧舎那仏、左側には千手観音、右側には薬師如来が立っている。圧巻なのは千手観音の手だ。大きな手が左右に21本ずつ。そしてその隙間から小さな手が何百と伸びているのだ。以前、この立像を見て「気持ち悪い」と言っていた人がいたけれど、私からすれば圧巻の一言だ。よくここまで作り上げたと感心してしまう。今では何本か紛失しているとのことだけれど、それでも940本以上残っているという。

ここでも石田僧侶によるツアーの安全祈願が行われる。あの独特のお経の中に、カタカナ語の「ロータスロード・ウォーキングツアー」などという言葉が盛り込まれていると、少々不思議な感じがする。違和感ほどではないけれど、ちょっとそぐわないような・・・。

盧舎那仏、千手観音、薬師如来と丁寧に説明してくれるのが嬉しい。盧舎那仏の後背にはたくさんの小さな仏が彫り込まれているのだけれど、それも元々は千あったのだそうだ。千体仏と言われるそうだけれど、千体仏はカンボジアの遺跡からも発見されている。あ、またここでも繋がってるな、と一人嬉しくなる。

見学が終わった後、10分ほどの休憩時間があったので、もう一度三尊を拝観する。やはり説明を聞きながらの拝観だと、記憶にも鮮明に残るのだから不思議。

石田僧侶が近くにいたので少し話を聞いてみた。

唐招提寺の薬師如来は薬壺を持っていない。薬壺を持っていないのに、なぜ薬師如来だとわかるのですか、と。もともと日光と月光菩薩の違いもわからないし、四天王の違いも全くわからない。どうやって見分けているのか気になっていた。

石田僧侶の答えは、どうやって見分けているんでしょうね、というもの。ちょっと拍子抜けしたのだけれど、実際、薬師如来が薬壺を持ち始めたのは平安時代からだそうで、唐招提寺の仏像が薬師如来だといっているのも、お寺に昔からそう伝わってきたからなのだそうだ。薬師如来ではないと言われた時代もあったみたいだしね、と笑う。

そうだったのか、見分けがつかなくても仕方ない部分もあるんだな、とちょっとほっとしてしまう。
他にも、僧侶になりたいという人が訪ねてきても、必ずしも受け入れてあげられるとは限らないとか、石田僧侶はお父さんが僧侶であることも影響していることなども教えてくれた。

まだまだききたいことはいくつかあったけれど、出発の時間が来てしまう。独り占めするのもよくないしね。

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