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2015年12月27日日曜日

麗しのアンコール・ワット

カンボジアに来て四日目。アンコールワットへ行ってきました。アンコールワットはもう数えきれないほど訪れていますが、今回も外すわけにはいきません。年末年始は一年の中でも一番観光客が訪れる時期です。どこへ行っても混んでいる状態ですから、一番人気のアンコールワットであれば言わずもがなです。ですから、人が多くいることは承知の上で訪れるのですが、その中でも人があまりいない時間帯を選ぶようにしています。

朝、七時にNくんの車に乗り込みアンコールワット向かいます。チケットブースで一日券を二十ドルで購入します。今回はアンコールワット以外の遺跡を訪れる予定はありません。行きたくない訳ではなくて、人が多すぎるので足が向かないのです。我儘な観光客だと一人苦笑しますが、静かな遺跡を知っているだけにダメです。

アンコールワットの写真を撮るのであれば、午後の時間帯がベストなのですが、そうなると参道は人々で埋め尽くされ、回廊もガイドの声があちこちに響き、静かにゆっくりからは程遠い状態になってしまいます。もちろん、朝早い時間帯も最近は人が多く訪れるようになってしまいました。それでも午後よりはまだいい、というレベルでしょうか。

アンコールワットの表参道にあたる西側からは入らず、あえて東側を選びます。やはり人が少ないのと、午前中であれば東側からの方が順光になって写真が撮りやすいからです。


アンコール・ワットの東側


東側にあるストゥーパ
それにしても、東側からの来訪者も増えました。今まではほとんど誰もいないときの方が多かったのですが、今回は少ないとは言え観光客の姿が見えないときはありませんでした。ただ、ときどき人の流れが止まるときがあるので、ふっと静かになる時があります。私は時間を気にせずいくらでも同じ場所にいることができるので、その静かな時間を待つこともできるわけです。これは一人旅の特権かもしれません。

当のアンコールワットですが、やはりすばらしいです。なぜこれほどまでに惚れてしまったのかわかりませんが、何度見ても飽きることがありません。均整のとれた五つの塔。塔好きだからなのかもしれませんが、アンコールワットは最高です。



スーリヤ(太陽神)

2015年1月4日日曜日

変わりゆく街 シェムリアップ

シェムリアップの街は本当に変わった。個人的な思いをこめた言い方をすると、変わってしまった、と言うべきかもしれない。

初めてシェムリアップを訪れたのは2000年より前だったか。当時ではまだ数少ないホテルの一つタ・プロムホテルに泊まった。先日も書いたが、このタ・プロムホテルは当時は高級ホテルに分類されていた。街中の道の赤土のままだった。トゥクトゥクはまだ存在もしなかったし、移動手段といえばチャーターした車かバイタクしかなかった。信号機なんてどこにもなかったし、車よりもバイクの方が多かった。バスだって現地の人たちが利用する古い長距離バスの姿しか見た記憶がない。

それが今ではトゥクトゥクがどこにでもおり、逆にバイタクの姿を見かける方が少なくなってしまった。街中には多くの信号機が取り付けられ、バスや車が走り、夕方にもなると、オールドマーケット付近は大渋滞になる。交通ルールなんてないようなものなので我先にと前へ進もうとし、それによって逆にさらに動かなくなってしまうというい悪循環が繰り返されている。新しい道もどんどん増え、そしてその道の周辺には新しいレストラン、新しいホテル、新しい店が続々と建てられる。

タ・プロムホテルが建つ川沿いを見れば、川向こうなんて民家がポツポツと見える程度で、川では女性が洗濯をしていた。子供達が川に飛び込んで遊んでいる姿もよく見かけた。それが今ではどうだろう。ハードロックカフェができ、新しい大きなマーケットができ、まったく異なる場所になってしまった。

オールドマーケットで売られている物もずいぶん変わった。前々からお土産物屋はたくさんあった。ただ、品揃えはあまり良くなく、めぼしいものといえばクロマーとTシャツくらいしかなかった。それがここ数年の間に様々なグッズが店頭に並ぶようになり、選択肢がぐっと増えた。それはそれなりにいいのだが、残念なのは、現地の人たちが買い物をするような食材を扱う店が減り、観光客相手のスパイスなどを扱う店が一気に増えたことだ。もちろん今でも様々な食材を扱っている店はまだまだ多いし、観光客にとっては面白い市場だとは思う。ただ、変わり様を見てきているだけに、残念に思ってしまう。

昔の方が良かった、と私が言えたものではないのは重々承知なのだが、勝手なブログということで許してもらおうと思う。今回お世話になったドライバーさんに、今のシェムリアップと以前とどちらが好きですかと聞いたところ、前の方が、という答えが返ってきた。すべての人が同じように考えているとはもちろん思わないが、やはり今のシェムリアップは落ち着きがなさすぎる気がする。この目覚ましい発展の恩恵を受けているのも、ごく一部の人のような気がしてならない。富めるものはさらに富を得るが、一般的な庶民はそれほど生活が豊かになったようには見えない。金と権力がある者だけがさらに力を得てしまっているような気がする。

アンコール・ワットは大好きである。でも今のシェムリアップは好きじゃない。もう元には戻れないことも重々わかっている。それでもあえて言わせてもらう。今のシェムリアップは嫌いだ。いつもお世話になっているドライバーくんや、機織り工房で知り合った女性たちはとても良い人たちばかりで、彼らに会いたいからこそシェムリアップに頻繁に来ているが、彼らの存在がなかったら、ここに来る回数は減っていたのではないだろうか。それほど今のシェムリアップには魅力がない。アンコール・ワットだって何回も行きたいけれど、あの混雑ぶりを想像すると、どうしても足が遠のいてしまう。我儘な考えだということはわかっている。だけれども、以前を知っているからこそ、余計にそう思ってしまうのかもしれない。前を知っているだけでも幸せなことだと自分に言い聞かせている。

遺跡以外の楽しみを求める人たちにとっては、シェムリアップの変貌は良いことなのかもしれない。観光客用の洒落たバーやレストランができ、エンターテイメントの数も増えた。夜、遊べるような場所も増えているようだし、子どもが楽しめるような場所も増えているようだ。そんなこともあるのか、小さい子供との家族連れも増えた。そういう意味では、カンボジアも安全になり、観光客も増えて良かったとも言うべきなのかもしれない。

街が変わっていくのは仕方がない。受け入れなくてはいけないこともわかってる。アンコール遺跡は人々を魅了するのに十分なのだから、これからも増えるだろうし、今はまだ静かな郊外の遺跡も交通網がさらに発達すれば、静かに観賞するのはむずかしくなるだろう。それでもカンボジアに来続けるのか。それはきっと人々との関係に最後は関わってくる気がする。ドライバーくんや知り合った女性たちと会いたいと思えば来るだろう。でも、もしその糸が切れたときは・・・。それを今考えるのは少し寂しすぎる。

2015年1月3日土曜日

シェムリアップのホテル

シェムリアップのホテルとは言ってもピンキリなのだが、最近利用させてもらっているフランジパニ・ビラ・ホテルについてまずは少し。

以前はオールドマーケットに近いストゥング・シェムリアップというこれまた中級ホテルに泊まっていたのだが、少し変えてみようと2年ほど前からフランジパニにお世話になっている。オールドマーケットからは歩いて7、8分ほどのところにあるので、ストゥンと比べると若干不便ではあるが、雰囲気は悪くないので利用し続けている。

しかしこのホテル、お湯がめちゃくちゃ熱い。普通、お湯が出ない、というのが問題になるのに、ここでは熱すぎてぬるくできない、というのが問題になる。一度スタッフに見てもらったことがあるほどだ。それである程度のコツをつかめたわけだが、ちょうどいいお湯加減を得るのにコツが必要だというのも何ともカンボジアらしい。

朝食はビュッフェスタイルだが、中級ホテルはだいたいメニューは同じようで、長期滞在をしているとやはり飽きてくる。種類もそれほど多くない。ということで、朝に余裕がある時は外に朝食を取りに行くことも多い。お気に入りはバーイ・サイッ・チュルークという炭火焼の豚肉とご飯。以前はどこで食べても炭火焼の美味しい豚肉だったのに、最近は炭火焼ではないところもあるようで、どこでも美味しいというわけではなくなってしまったのが残念。

個人的に気に入っているのは少し高めだけれどハズレのないマスター・スキ・スープというレストランの朝食メニューにあるバーイ・サイッ・チュルークである。一般的な食堂では5000リエル
前後だがマスター・スキ・スープだと10000リエルくらいする。といっても3ドルしない値段なので少し距離はあるが、一回は食べに行っている。

それにしても、シェムリアップではまだ新しいホテルが建てられているという。私が初めてシェムリアップを訪れた2000年頃はタ・プロムというホテルが高級ホテルで、グランドホテルという超高級ホテルとそれ以外はゲストハウスくらいしかなかった。それが数年後にはタ・プロムは中級ホテルに、さらにエコノミーホテルにとランクが下がり、周りには続々と新しいホテル、それも中級から超高級ホテルまで様々なホテルが建設されて行った。その変化の早さにはただただ驚くばかり。でも、最近は潰れるホテルも出てきた。それでも新しいホテルは建っている。要は中身だと思うのだが、とにかくホテルを建てれば客が来て儲かる、と思っている人もいるように見えてしまう。

たくさんのホテルが建てられれば、環境問題も深刻になってくる。いや、もうすでに環境問題は大きな問題になっている。どうするカンボジア。アンコール・ワットが万が一にも環境問題などの影響で壊れてしまうようなことがあれば、カンボジアの観光業には大打撃だ。いや、大打撃では済まされないかも。もっと環境整備などに政府が力を入れるべきだと思うのだが、なかなかうまくいかないのだろう。他人事とはいえ、大好きなアンコール・ワットに関わることでもあり、心配である。といって、自分が何かしているわけでもないので、ただ言いっぱなしの状態ではあるが・・・。

2015年1月2日金曜日

シェムリアップの年末年始

ここ数年、年末年始をカンボジアで過ごしているが、日本の正月とはまったく異なるので、日本の正月気分がどんな感じだったのか忘れてしまいそうになる。というより、年が明けた、という感覚を味わえないまま新年を迎えているような気もする。

それにしてもシェムリアップの変わりようには言葉を失う。まずクリスマスイルミネーションの内容が格段にグレードアップした。道路には電飾が輝き、ホテル前のスペースにはクリスマスツリーから雪だるままで様々な飾り付けがしてあり、ここは一体どこ?と思ってしまうほどだ。カンボジアで雪だるまというのも変な感じがしないでもないが、オーストラリアでは真夏にクリスマスを祝うわけで、場所が変われば雰囲気も変わるのは当たり前なのだろう。イルミネーションの質が上がったということは、経済的にもある程度豊かになったということなのだろうから悪いわけではないのだが、個人的にはため息しか出てこない。仕方のないことだとわかっているが、なんとなくハリボテのように見えてしまって素直に喜べないのだ。

大晦日も予想通りといえば予想通り。カンボジアはもともと大音量が好きである。結婚式や葬式では爆音とも思える大音量が屋外に流れ、嫌でもそこで何かイベントが行われていることがわかってしまう。そこまでの大音量を流す意味があるのかと不思議に思うのだが、聞くところによると、村の人々に結婚式(葬式)が行われていることを知らせるためなのだそうだ。昔は通信が発達していなかったからわからないでもないが、このご時世に必要なのかは疑問に思うのだがどうなのだろう。

で、シェムリアップの大晦日である。夕食を探しにオールドマーケット周辺に行ったのだが、すでに大音量が響き渡り、ズンズンと低音が響いてくる。何せ店の前に大きなスピーカーを10台近くも積み上げて音楽を鳴らすのだからうるさいに決まっている。警官も繰り出しオールドマーケット周辺をすべて歩行者天国にしてしまった。バイクが入ろうとしようものなら、笛を吹き鳴らして威嚇する。カンボジアの警官は超上から目線で人々に当たるので、良い感じがしない。パブストリートと呼ばれる道周辺は落ち着かない様子のカンボジア人や観光客が少しずつ集まり始めていた。ということで、私は逆にさっさと帰ることにする。

こんな時は、車やバイクもいつも以上に怖い。絶対に飲酒運転が増えるからだ。警官は権力は振りかざすけれど、飲酒運転を取り締まることはしない。こちらが気をつけていても向こうからぶつかってくることもあり得るわけで、とにかく出歩かない方が安全。パーティーとか騒ぐのが好きな人は、こんなシェムリアップも楽しいのかもしれないが、静かな場所の方が好きな私には早く離れたい場所になってしまう。

ということで、大晦日だというのにいつもと同じ時間に寝る。しかし!!! 真夜中にドーン・ドーン・ドーンという音で目が覚めてしまった。打ち上げ花火の音だ。あ〜新年が明けたのね、とおぼろげながら思うものの、こちらは安眠を妨げられた形だ。一体何発の花火が上がったのだろう。歓声も聞こえてきたので、ホテル近くから見えたのかもしれない。しかし、起き上がる気力も興味もなく、ただただ早く静かになってくれと願うばかり。まあ、二年ほど前にシアヌークビルの島に渡って新年を迎えた時は、明け方近くまで低音の響く爆音が聞こえていて最悪だったのだが、それに比べればマシだっただろう。そのうち静かになり、また眠りに落ちることができたのだから。

ただし、次の日の朝はやはりカンボジアだなあと苦笑する羽目になる。まさかね、とは思っていたしのまさかだった。朝食の準備が時間になっても終わっていなかったのだ。6時半からだというのに、6時半の時点ではほとんど食べ物が用意されていない状態である。遅くまで騒いでいたからね、なんて日本では到底通用しないけれど、カンボジアではそうなってしまう。結局、すべてが用意できたのは7時。カンボジアだからね。仕方がないんだよね、思うものの、釈然としない。まあ、日本人の感覚ではあり得ないだろう。いい経験だとは思うが。

そんな年越しである。カンボジアは嫌いではないけれど、暮らす場所ではないなあ、と思ってしまう。大事な友達もいるし、遺跡は素晴らしいし、これからも何度も足を運ぶとは思うが、暮らしてみたいとはどうしても思えない。