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2015年12月21日月曜日

羽黒山五重塔 ~山形県鶴岡~

山形県二日目は羽黒山五重塔です。当初、土門拳記念館を訪れるためだけに山形県を訪問しようと思っていたのですが、何かのきっかけで、「そういえば羽黒山って山形県ではなかったっけ」と思い出したのでした。調べてみると行けないわけではなさそうです。ただ、バスの本数は少ないですし、この時期に訪れる人はほとんどいなさそうです。それでも、塔好きの私からすればこのチャンスを逃すわけにはいきません。もともと行きたいとは思っていましたが、不便そうでしたし、なかなか行くチャンスはないかもしれない、と思っていただけに、これはもう行くしかない、と考えたのでした。

とにかく電車とバスの接続は悪いですし、ずいぶん時間をロスする事になりそうでしたが、その辺りは適当に時間をつぶす術を身につけてきていますが、何とかなるだろうとは思っていました。

8時40分頃に鶴岡駅に到着したのですが、バスは9時46分発。近くにあったミスドで時間をつぶします。バスに乗り込み揺られること約50分。随神門というバス停に到着です。五重塔はここから歩いて10分ほどのところにあります。

鳥居そして奥に見えるのが随神門
それにしても誰もいません。バスも途中から私一人になってしまいました。観光シーズンには開いているであろうお店もことごとく閉まっています。でも、人が多いよりはずっといいので、気を取り直して随神門という門に向かいます。

随神門をぐぐると・・・
下りきって振り返ると
羽黒山の五重塔が変わっているのは、神社に属している塔ということでしょうか。今まで見てきた塔はすべてお寺に属しています。ところが、羽黒山は出羽三山の一つであり神社なのです。ですから、随神門もお寺でいうと仁王門のような役割をしているのでしょう。

随神門をくぐると目の前には鬱蒼と茂る杉の巨木が広がります。そして石段です。まずはずっと下っていくのですが、行きが下りということは、当たり前ですが帰りは上りになるわけで、こんな石段が続くなんて書いてあったっけ、と心の中でぼやいてしまいました。

石段を下りきると、そこには小さなお宮が5つほど建っていました。もともと神社が苦手な私ですから、誰もおらず、薄暗く、不気味に見えてしまうお宮が並んでいると、やはり「こわっ・・・」と呟いてしまいます。なぜお寺はいいのに神社がダメなのか自分でもよくわからないのですが、やはりダメです。

歩みを進めていくと、赤い欄干の小さな橋があり、奥には滝も流れ落ちていました。なかなかいい雰囲気なのですが、滝の近くには小さな小さなお宮があり、やはり少し近寄りがたくてそばまで行きませんでした。
滝と石橋

さらに進んでいくと、杉林の奥にちらりと見えてきます。五重塔です。これはいい塔だ、と直感的に思いました。五重塔の手前に爺杉と呼ばれる大きな杉の木があるのですが、その杉と五重塔がとてもいいのです。誰もおらず静かな空間の中に佇む爺杉と五重塔は、それだけで現実離れした雰囲気を持っています。

爺杉と五重塔

五重塔の正面に建ってみました。すらりとした五重塔ですが、とても均整のとれた五重塔だと思いました。彩色はされていないのですが、それがまた渋い雰囲気を作っています。途中、雨がぱらついてきてしまいましたが、近くで屋根を見上げていると、杮葺きの屋根からぽつぽつと落ちる水滴もまたいい感じでした。

思ってたよりも時間を使ってしまいました。HPには随神門から拝観時間は30分ほど、と書いてあったのですが、一時間後のバスまでぎりぎりの時間になってしまいました。本当はもっとゆっくり見ていたかったのですが、このバスを逃すと二時間後になってしまうのでこれはさすがに厳しいです。ですから、もっと見ていたかったのですがバス停に戻ることにしました。

このあとバスに乗って羽黒山の頂上まで行き、神社を拝観してきたのですが、修復中なのか覆いがかぶさっていたり、よくわからないということもあったりと、ほんの10分ほどしか滞在しませんでした。もともと神社は苦手なのです。五重塔を持つ神社だから、と思って訪れたのですが、やはりぴんと来ませんでした。神社には申し訳ないのですが、まだまだ神社は遠い存在です。






羽黒山頂上の神社

2015年12月20日日曜日

土門拳記念館 ~山形県酒田市~

一泊二日で山形県の酒田市を訪れました。先日、入江泰吉の美術館を訪れたときに、入江泰吉と土門拳という大和路を代表する写真家の写真集を購入し、入江泰吉とはまた異なる眼差しを持つ土門拳に興味を持ちました。土門拳が足蹴く通ったお寺の一つが室生寺だというのも重要なポイントかもしれません。

それにしても酒田は遠かったです。東京駅から新潟まで約二時間、さらに新潟から酒田まで羽越線の特急で二時間強。さすがに座っているのがきつくなってきます。特急からは日本海の荒波を間近に見ることができ、これはとても久しぶりのことだったので、ずっと外を眺め続けていました。

日本海
荒々しいです
酒田からは一時間半に一本というるんるんバスに乗ります。40分ほどの待ち時間があったので、土産物屋のイートインコーナーで、だだちゃプリンなるものを食べてみました。枝豆のプリンといえことになるのですが、なかなか美味。だだちゃ豆の香りがふわっとするのですが、なかなかいい感じでした。ただ、それほどしょっちゅう食べたい感じではありませんでした。

るんるんバスに乗ること20分弱。土門拳記念館のバス停に到着します。とても近代的な打ちっぱなしのコンクリートでできた建物ですが、シンプルですっきりとした建物です。

シンプルな外観
土門拳は酒田市の名誉市民第1号でもあるそうです
この時期、「ぼくの好きなもの」と題した展示がされていて、お寺や仏像の写真が大きく引き伸ばされて展示されていました。迫力があります。

土門拳の写真を見ていて思うのは、力強さとでも言うのでしょうか。戦っているなぁ、という思いが湧いてるのです。喧嘩をふっかける、という挑み方ではなくて、自分のすべてをぶつけているんだから、お前もすべてをぶつけてこい、と言われている感じがします。

入江泰吉も土門拳も強さと優しさの両方を兼ね備えていると思うのですが、入江泰吉が優しさの中に秘められた強さ、という印象に対して、土門拳は力強さの中に秘められた優しさ、というイメージでしょうか。写真にも性格が、想いが表れるのだなぁ、と改めて感じました。

大好きな室生寺の写真を始め、奈良や京都の写真、そして見ていて訪れたくなる場所の写真など、多くのインパクトを与えてくれました。特に気になったのが、島根県にある三仏寺と大分県にある臼杵石仏群です。三仏寺は以前から知っていましたが、険しい山を登らなくてはならない場所にあり、難しいかなと思っていた場所です。大分県の臼杵石仏群は初めて知った場所ですが、ここはまた訪れたい場所の一つとしてインプットされました。大分県ですから飛行機でしょうか。

バスの本数が少ないこともあり、結局3時間近く記念館に居座っていました。ずっと写真を見ていたわけではなく、置いてあるソファに座って持ってきていた本を読んだり、流されていたビデオを見たりしながらバスの時間を待っていました。

ビデオで初めて動いている土門拳を見たのですが、やはり戦いの人だなあ、と感じてしまいました。晩年、二度の脳卒中で倒れながらも、車椅子で移動し、不自由になってしまった右手の代わりに左手で筆を取るなど、病気に屈することなく写真を撮り続けた姿には頭が下がります。「戦う」よりも「闘う」方が合っているのかもしれません。

わざわざ山形まで来た甲斐があったな、としみじみ思うことのできる記念館でした。

土門さんという題名らしい

2015年6月7日日曜日

facebook ~怖いけれどすごい・・・~

仏像にも奈良にもカンボジアにも全く関係のない話ですが・・・。

ブログをやっていてこんなことを書くのもおかしいかもしれませんが、ネットは怖い、と常日頃思っています。一応facebookのアカウントは持っていますが、個人的なアップはごく少数の人々にしか公開していませんし、自らの写真をアップすることもありません。自意識過剰と言われてしまえばそれまでですが、やはり不特定多数の人々に知らぬ間に自分を知られるというのはやはり気持ち悪いと思ってしまうのです。

そんなfacebookですが、すごいなぁ、と最近感心してしまいました。なんとウン十年以上も前に付き合っていた友人から突然メッセージが届いたのです。アメリカに住むJさんですが、メッセージが届いた時にはつい「うおっ!」と声を挙げてしまいました。Jさんは自分の顔写真をアップしていたのですぐに彼女だとわかりましたが、もうウン十年も前の友人です。まったく連絡を取っていませんでしたし、お互いの連絡先もまったく分からなくなっていました。そんな彼女が、ほとんど何もアップしていないfacebookから私を探し出すのですから、情報網というのはすごいものです。きっと私が、「これくらいであれば私だとわからないだろう」という情報でも、見方によってはすぐにわかってしまうということなのかもしれませんが・・・。

それにしても懐かしい顔でした。大学時代の友人で、彼女の結婚式にも招待されるほどでした。それがいつの間にか疎遠になり、あっという間にウン十年経ってしまうのですから、時間が経つ速さに改めて驚かされます。彼女のプロフィールを見ると、以前は奈良市に住んでいたとあります。知り合ったときには奈良にまったく興味を持っていなかったこともあり、まったくアンテナに引っかかっていませんでした。今さらながら、人は興味関心のないことにはまったく気付かないで通り過ぎてしまうのだと考えさせられてしまいます。

彼女は今、アメリカにいますからなかなか会うことは難しいのかもしれませんが、この歳になっていろいろと聞いてみたいことが出てきます。

彼女からメッセージが届いてから、なぜか心が弾む今日この頃です。

2015年5月24日日曜日

青空の上海

先日、出張で上海へ行ってきました。今年で確か4回目になる上海です。初めてのときは、頑張って地下鉄を乗り継ぎ観光地にも行ってみたのですが、ここ2年は観光らしきことは何もしていません。上海はビジネスの街らしく、観光地といってもショッピングとかになってしまうので、あまり興味がわかないのもありますが。


到着したのは夕方で、先ほどまで雨が降っていたようで、空はどんより曇っていました。まあ、上海といえばPM2.5でも有名になってしまっていて、晴れていてもガスがかかっているような空模様が多い場所です。ところが今回初めて三日目に綺麗な青空が広がりました。上海でもこんな青空が見られるんだ、と失礼ながら思ったほどです。天気も意外と快適で、風も心地よく日陰であれば気持ちのよい天気でした。

上海初日

高速道路はまだ空いていました

仕事はまあ順調というか無事にこなしてきた感じです。

せっかく上海にいたのですが、ホテルについていた朝食以外はすべて和食。日本からのビジネスマン御用達のホテルに宿泊していたので、周りはほとんどすべて日本食のレストランばかり。中に入れば、「いらっしゃいませぇ~」と声がかかり、メニューも日本語、注文も日本語、お支払も日本語です。楽と言えば楽ですが、不思議な感じがします。日本で忙殺されていたので、とにかく時間がある時はゆっくりしようと思っていたので、あまり外出もせず近場で過ごしてしまいました。

ホテルの近くには小さなローソンもありました。便利店とはコンビニということなのでしょう。漢字での表記はなかなか興味深いものがたくさんあります。ペットボトル売場では、お~いお茶も売っています。烏龍茶も売っていますが、気をつけないと甘い烏龍茶を飲むことになります。以前、台湾で歩き疲れてコンビニで冷たい烏龍茶を買って飲んだのですが、甘くて驚いたことがあります。緑茶に砂糖や蜂蜜、牛乳などが入っている物はタイで経験済みだったのですが、さすがに烏龍茶はないだろう、と思ったのです。ところがこれが甘かった。飲んでさっぱりしたかったのに、口の中が甘くなってしまい、残念な感じになってしまったのでした。ですので、今回はペットボトルの表示をきちんと見るようにしました。良く見ると、無糖・微糖・加糖と三種類もあります。もちろん無糖を買いました。

無事に仕事も終わり、浦東空港へ向かうタクシーの中のことです。ふと運転手を見ると、なんとなく落ち着かない感じなのです。見ていると、自分のももを叩いたり、頬をぺしぺし叩いたりしています。まさか、と思い、鏡に映る運転手の目元を見ると、完全に眠気と戦っている様子。さすがに焦りました。空港への途中で交通事故なんてシャレになりません。頼むから頑張ってくれ!と心の中で叫んでいました。日本であれば、運転手に話しかけるなどできるのですが、中国語はまったくできません。話しかけることもできず、ただただしっかりしてくれ!と心の中で叫ぶのみ。運転手もまずいと思っているのか、水を飲んだり、腕を伸ばしたりしてはいますが、どう見ても目は眠たそうです。

頼むよ・・・、とハラハラしているときでした。携帯に電話がかかってきたのです。空港まであと15キロほどのところでした。普段であれば、運転しながら携帯で話してて大丈夫なのかい、と突っ込みを入れたくなりますが、今回はほっとしました。電話で話しながら寝てしまうということはまずないからです。今回だけは、もっともっと話してて!と願っていました。その願いが届いたのか、ずいぶん長いこと話し込んでいました。そして電話が終わった数分後に無事に空港に到着したのです。

無事に到着したので良かったですが、これほど心配しながらタクシーに乗ったのは初めてです。この後は飛行機もすべて順調で、無事に日本に戻ってきました。


こんな素敵な青空は初めてです!

2015年5月12日火曜日

鳥獣戯画展 ~東京国立博物館バージョン~

京都国立博物館で鳥獣戯画展をわざわざ二回も見に行ったのに、まさかの東京国立博物館での開催です。前半と後半で展示内容を変えるというのは同じです。東京には来ないものと思っていたのですが、さすがは首都です。

すでに見に行っていますから、どうしようか迷ったのですが、せっかく年間パスポートを持っているのだからと行ってきました。

今日は台風が近づいているとのことで、いつもより出足は少ないのではという淡い期待を抱いていたのですが、現実はそれほど甘くはないです。ただ、閉館直前の方が若干待ち時間は少ないようなので、午後4時少し前に到着するようにしてみました。

東京国立博物館正面
平成館へ向かいます
この判断は良かったようで、平成館への入場は10分ほどの待ち時間で済みました。長いときは入場までに90分というときもあるようですから、そういう意味でもさすがは首都です。
京都へ見に行ったときは、とにかく鳥獣戯画でも一番有名な甲巻を見る、というのが目標だったので、他の展示はほとんど見ていませんでした。ですので、今回はわざわざ説明が聞ける録音ガイドまでレンタルしての見学にしました。

結論から言うと、甲巻の見学までは結局120分待ちという膨大な待ち時間になってしまったので、諦めることにしてしまいました。さすがに120分待ちを耐えるだけの忍耐は持ち合わせていませんでした。京都で一度見ている、ということもあり、そこまで頑張る気にならなかったのです。

それでも行った甲斐はありました。今回の展示で個人的に興味深かったのは、甲巻の断簡です。甲巻から切り取られた断簡が4幅、他の巻からのものが1幅が展示されていたのですが、この断簡もなかなかのもので個人的にはこれが一番良かったです。1幅は国外の個人が所蔵しているということで、久しぶりの里帰りなのだそうです。個人で所有しているというのも驚きですが、海外ということにも驚きでした。どのような経緯でその人の手に渡ったのか気になるところです。

その断簡の1幅には、鶴、亀、アヒルなども描かれていてとても可愛らしいですし、鹿に乗っていた猿が振り落とされて、その猿をウサギや他の猿が介抱している場面など、甲巻らしい場面があり、なかなか見応えがあります。甲巻そのものを見なかった分、こちらの断簡はじっくり見させてもらいました。もちろん、この断簡にも人だかりはできていましたが、さすがに列になるほどではありませんでした。

他の高山寺にまつわる様々な至宝は、思ったより見応えがありました。仏像などの彫像が好きなので、普段は仏画などにはまったく興味がないのですが、録音ガイドを借りたお陰で、興味深く見学することができた気がします。曼陀羅や十二神将や四天王の図など、意外と興味深いものがありました。

録音ガイドを聞きながら見て回ると、やはり「なるほど」と思わされることがだくさんあります。知らなければ気付きもせずに通り過ぎてしまうような些細なことも、ガイドを聞いていると細かく確認し始めるので、なかなか面白いのです。彫像と呼ばれるものはほとんどなく、ほとんどが仏画や仏教に関係のある絵ばかりでしたので、録音ガイドがなければあっという間に見終わってしまっていたかもしれません。

一時間ほど滞在して外に出ました。やはり風が強かったですが雨は降っていませんでした。上野公園ですから、やはりここも新緑がたくさん目に飛び込んできます。昨年までの葉と色が異なるので、新緑の部分がなんとなくモフモフしているように見えて、その中にバフッと飛び込んでみたくなります。実際には硬くてチクチクするのでしょうけれど、遠目に見ると本当に柔らかそうで緑色の雲のようにも見えてきます。強風にあおられながらも、「癒される色だなぁ~」と思いながら上野公園を後にしました。

平成館前の噴水で遊ぶ鳥獣戯画の動物たち

2015年4月13日月曜日

日本の色彩 ~デジタル写真の色合い~

今回京都や室生寺に足を運んで桜を観賞してきたのですが、桜を見ながら思うことがあります。

桜の季節が近づいてくると、家に送られてきたり駅の構内に置かれている旅行のパンフレットには、多くの桜を見に行こう、というツアーが載るようになります。気になったのはそこにある桜の写真。とにかく色鮮やかな写真がたくさんあって、ソメイヨシノってこんなに色が鮮やかだったっけ?と思ってしまったほどです。

同じことは紅葉の時期にもありました。とにかく色鮮やかで濃い色のもみじやカエデが一面に彩られているのです。

でもふと思うのです。これって本当の色なんだろうか、と。今回も又兵衛桜や室生寺の桜を見に行ったとき、ずいぶん色が薄いな、と思ってしまった自分がいて、この感覚っておかしい、とはたと気付いたのです。目の前にある桜の木が本物なのに、写真の色を基準にしてしまっている自分に唖然としました。

パンフレットは広告ですから、人々の目に印象強く残らなくてはなりません。今やすべてがデジタル処理でできるわけで、色合いもコントラストを強くしようと思えばいくらでもできます。ほんのり色付くソメイヨシノも、色鮮やかの紅葉も、ビビッドな色にしようと思えばできてしまいます。別にその手法が悪いと言っているわけではなくて、自分がその色を基準としてしまっていた事実にがっかりしてしまったのです。フィルムにこだわる自分が、デジタル処理をした写真と本物を見比べたとき、本物の色を「物足りない」と思ってしまったことが、正直ショックでした。

これではいけない、と思いつつもう一度風景を見直したとき、ビビッドではない色に改めて感動している自分がいました。最初にそう思ったのは昨年の紅葉の時期です。真っ赤なもみじを見て感動した後、電車に揺られているときに車窓から見えた小高い山々の淡い色の紅葉模様を目にしたときです。パンフレットで見るような鮮やかで華やかさは全くないのですが、いろいろな色に彩られている山々は本当にきれいでした。これがいいなぁ、と1人見とれていました。でも、写真ではうまく捕らえられないなぁ、とも同時に思いました。色が優しすぎるのです。腕のいいカメラマンやプロの方ならそれでもいい写真が撮れるのかもしれませんが、今の私の腕では無理です。ということで、一生懸命、脳にインプットしてきました。

桜といい山々にみる淡い紅葉といい、日本には素敵な色彩がたくさんあるんだぁ、と改めて思いました。色の名前も本当はたくさんあるのに、なかなかその違いを実感する経験がありません。万葉集などにみる、日本人の自然に対する細やかな視点や眼差しに最近勝手に感動しています。このような細やかな眼差しは心に余裕がないとなかなか難しいとも思う今日この頃です。


2015年3月30日月曜日

湯田温泉 ~山口県~

 山口県の瑠璃光寺の国宝五重塔を見に行こうと決めたものの、日帰りはもちろん厳しいので一泊することに。いろいろなサイトで適当なホテルはないものかと探していたときに、瑠璃光寺は湯田温泉の近くにあることがわかった。温泉も悪くないな、と思いすぐに湯田温泉の温泉付きビジネスホテルに予約を入れた。

足湯の近くに立つキツネの親子
酒屋さんの前に立つ招き猫ならぬ招きキツネ

自転車屋さんの前の招きキツネ
  どうやらこの湯田温泉は白狐に由来があるらしく、キツネ好きとしては親近感も勝手にわいてくる。マンホールの蓋にその由来の物語の場面が描かれていたり、商店街の店先にはキツネの石像が立っていたり、数か所ある足湯にもキツネの石像が立っている。ただ、観光地としてはそれほど華やかな感じではない。季節的な部分もあるのかもしれないが、そんなににぎわっている感じもしない。

あるとき白狐が池に浸かっているのを見た和尚さん
その池に手を入れてみると温かい
これは、と思い掘ってみるとなんと温泉が吹き、黄金の観音様が現れたとか
数日前にオープンしたばかりという足湯に浸かりながら、幸田露伴の「五重塔」をもう一度読んでいた。無料ということもあり、年配客から小さな子供連れの家族まで出たり入ったりしていたのであまり落ち着かなかったけれど、足湯はやっぱり気持ちがいい。

 白狐に縁があるとのことで、キツネグッズがたくさんあるのでは、と期待したのだけれど、あったのはタオルのみ。可愛いので買ってしまったが1枚100円という安さ。せっかくのキツネ町なのだからもう少し推してもいいのにな、と思うのだが・・・。

もう一度訪れるか、と問われるとちょっと躊躇してしまう湯田温泉。温泉は悪くないし、瓦そばという山口県の郷土料理(湯田温泉のものではないらしい・・・)も美味しかったけれど、何度も通いたいな、と思うほどのインパクトはなかったのが残念。瓦そばはもう一度食べてみたいけれど、ただそれを食べるために山口県に行くのもどうなのだろうか。む~ん・・・。

2015年3月25日水曜日

瑠璃光寺 五重塔 ~山口県 湯田温泉~

とにかくどこかへ行きたくて、山口県まで足を伸ばしてきた。ANAのマイルが溜まっていたこともあり、国宝の五重塔がある瑠璃光寺に行こうと決めた。山口宇部空港までは羽田から90分。新幹線だと品川から新山口まで4時間以上。さすがに山口県までくると飛行機の方が楽なのかもしれない。とはいえ、もちろん空港から瑠璃光寺のある山口市まではバスで1時間ほどかかるので、やはり遠いなぁ、という感は否めないが・・・。

まずはやはり瑠璃光寺へ向かう。県庁前というバス停で降りて歩くこと12分ほど。すらりとした五重塔が見えてくる。想像より若干小さく感じたけれど、スマートな五重塔だな、というのが第一印象だった。檜皮葺の屋根は個人的には瓦屋根よりも優しい感じがして好きなので、この瑠璃光寺の五重塔のポイントは高い。

瑠璃光寺 五重塔
梅の花と五重塔


この瑠璃光寺の五重塔は香山公園という公園の敷地の中にあって、そこには瑠璃光寺というお寺もあるのだけれど、メインは五重塔のようでお寺そのものはひっそりとしていてあまり人がいなかった。なんとなく仏像を拝観してという感じにもなれず、ご朱印を受け取りに行くが書いてくれる人もあまりいい感じがせず、お寺としてはあまりピンとこないというか少し残念感じがあったのは否めない。五重塔がすてきなだけにもったいないなぁ、と思う。まあ、仏像に関しては奈良を超えるものはなかなかないと思うので、ハードルが高くなってしまっているのだろうし、ある意味申し訳ない気がしないでもない。

正面の池にも映る


この香山公園にはカワセミがやってくるようで、その撮影ポイントであろう場所ではものすごく大きなレンズを構えた方々が何人もいてびっくりした。プロの報道カメラマンが持っているようなものすごい大きなレンズである。何十万もするのでは、というレンズばかりで、カワセミよりもそちらについつい目が行ってしまった。私のカメラでは小さなカワセミなど撮っても豆粒にしか写らないので、遠くから綺麗な青色をしたカワセミを見て満足する。たぶん本物のカワセミを見たのは初めてだと思うので、そういう意味でも貴重な経験はできたかな。

毎晩、五重塔はライトアップされているとのことだったので、夕方また戻ってきた。が、人がいない。毎晩やっているからなのか、そこまでライトアップに興味がないのか、ライトアップを見に来ていた人は私以外にたった一人しかいない。ひっそりと静まり返った公園内でじーっと辺りが暗くなってくるのを待っていた。この時期になると日没も遅くなり、午後6時半過ぎになってもまだ辺りは明るい。それでも照明がつき、少しずつ辺りが暗くなってくると、五重塔も少しずつ浮かび上がってくる。

それほど明るい照明ではないので、フィルムカメラだとものすごく難しい。三脚という重いものを持ち歩くのが嫌なのでいつも手持ちで頑張るのだけれど、さすがにこの光だとシャッタースピードが1秒と表示されてしまい、これはさすがに無理。幸いにも近くに水飲み場があって、そこを台にできそうだったのでがんばって撮ってみる。フィルムなので現像するまで何とも言えないけれど、このブログを書いている時点ではまだわからない。まあ、スマホでの写真はそれなりに撮れているので、それで今のところは良しとしようと思う。


さすがにぶれる・・・

夜はさすがに冷えてきて、少しは厚着してきて良かったと思いながら、30分ほど粘ってみた。こういう場所なので、バスの本数も少ないし、最終便の時間も早い。午後7時過ぎには香山公園を後にした。もちろん、香山公園から県庁前のバス停までの道も薄暗いので、東京育ちとしてはとても心細い。民家が並んでいるので何かあったら叫べば大丈夫かしら、と余計な心配をしながら足早にバス停へ向かった。

五重塔は見学する価値は十分にあったが、瑠璃光寺としては少々微妙・・・。また行くか、と問われてもやはり微妙・・・。五重塔は素晴らしいのだけれど、飛行機に乗ってまでと考えてしまうと、やはり奈良に行ってしまうかもなぁ・・・。



2015年3月17日火曜日

桜の季節

職場には桜の木がたくさん植わっているのだけれど、最近桜のつぼみがずいぶん膨らんできていることに気付いた。あ~春が近いんだなぁ~、と思うと同時に、どこかそわそわしている自分がいて、なんとなく落ち着かない。

もちろん桜の花は大好きなわけで、もちろんソメイヨシノも大好き。八重桜も好きだし山桜も好き。とにかく桜は大好き。職場の桜が満開になると、ついつい空を見上げてぼぉ~っと桜を見つめていたくなるし、風が吹いて花びらが舞えば、そこにずっと居たくなる。

桜は人を狂わせる、とも言うけれど、なんとなくわかる気もする。桜が舞い散る様を見ていると、狂おしい気持ちにもなるので不思議。

そんな桜の季節がやってきた。あと一週間もすればあちこちから開花の便りが届くはず。そしてさらに一週間で満開になる。できれば京都や奈良の桜を見に行きたいけれど、今年はなかなか難しそうだ。なんとか日帰りでもいいから見に行きたい。同僚には東京の桜も奈良の桜も同じ桜でしょうに、と笑われるけれど、要は気持ちの問題なわけで、やはり奈良の桜は格別に見えてしまう。今年はなんとか室生寺の桜も見に行きたいけれど、これもまた時間が取れるかは非常に微妙な状況でもある。

桜の季節は短い。特にソメイヨシノは儚くあっという間に散ってしまう。満開の時期に限って春の強い風が吹いてしまうのも例年のこと。儚いからこそその一瞬の美しさに心を奪われるのだろうけれど、やはり強風が吹くとその風が恨めしく思う。

早く桜が見たい。でも散ってしまうのは見たくない。そんな身勝手な思いと共に今、つぼみが膨らんでいくのを毎日眺めながら春の訪れを待ち望んでいる今日この頃だ。

2015年2月28日土曜日

幸田露伴 「五重塔」

最近、興味深いことがたくさんありすぎて時間が足りない。思えばよくここまで広げたものだと思うが、気になってしまい始めるととことん知りたくなってしまうところもあるようで、本を手に入れるのを止められない。そして読む時間が足りない。

例えば・・・カンボジアのアンコールワット ⇒ 仏像 ⇒ 仏教 ⇒ 法隆寺 ⇒ 五重塔 ⇒ 宮大工 ⇒ 三重塔 ⇒ 法輪寺 ⇒ 幸田文 ⇒ 幸田露伴「五重塔」

アンコールワットから幸田露伴の「五重塔」に行きつく人はなかなかいないだろうなぁ、と自分でも笑ってしまうが、行きついてしまったのだからどうしようもない。ということで、早速手に入れて読んでみた。

もともとアマゾンのレビューを読んで、文体が難しい、とか、同僚から幸田露伴の文章は読みにくいよ、と言われていたので、それなりに覚悟はしていたが、さすがに最初は戸惑った。レビューにあったように、「。」がほとんどない。文庫本の1ページに1個しかないことなどざらである。今の時代にこのような文章の書き方をしたら、先生から「一文が長すぎるからわかりにくい。短くしなさい。」と注意されてしまいそうな文章だ。



それでも不思議なもので、読み進めていると少しずつではあるけれど、その文体に慣れていくようで、それなりのスピードで読めるようになってきた。ただ、カギカッコなどがないので、ときどき誰のセリフだかわからなくなって読み返すこともあったが、慣れというのは不思議なものでだんだんこの文体が心地よくもなってくる。そして、この文体のリズムがまたいい感じでもある。日本語ってリズム感があるんだな、と別の発見もしてしまった。もともと薄い文庫本だったこともあり一日で読み終えることもできた。

そして、面白い。

五重塔にもともと興味があったからなのかもしれないが、面白い。アマゾンのレビューが高評価だったのもうなずける。この慣れない文体でありながらも、慣れてくると一気に読み進めてしまうのだから、リズムや内容がすばらしい、ということなのだろう。

読み終えてしまったが、もう一度読んでみたい、と思わせてもくれる。最初は文体に慣れることと、内容との両方を同時にやっていかないといけなかったわけだが、二回目になればもう少し楽に読めるはずだし、内容にもっとのめりこむことができるような気がする。

意外とこの文体が気に入ってしまった。日本語ってすてきだ。



 

2015年2月20日金曜日

小川三夫棟梁 実演+講演会 at 名古屋

先日、楽しみにしていた講演会に参加してきた。小川三夫棟梁の実演+講演会だ。小川棟梁といえば、法隆寺の宮大工・西岡常一棟梁の唯一の弟子として知られている。その小川棟梁もすでに60歳を超えている。この機会を逃したら、今度いつこのようなチャンスがあるかわからない。そんなこともあり、ずっと楽しみにしていた。

場所は名古屋のトヨタ産業技術記念館のホール内。先着100名と書いてあったのに、あとからのレポートを読むと260名の人たちが参加していたらしい。早めに並んで前から二列目に座ることができたので良かったけれど、260名も入れるのであれば「先着100名」という文言はいらなかったのでは・・・と少々不満が残る。

が、内容は素晴らしかった。90分という時間だったが、あっという間である。もっといろいろな話を聞きたかったし、実演も見ていたかった。

小川棟梁については本やネットの情報しかもっていなかったのだが、とても気さくな感じの方で、話もとても面白い。でも、きっと仕事場では厳しいのだろうな、と思った。今回、3人のお弟子さんたちを連れてきていたのだが、彼らの振る舞いを見ていると、小川棟梁の厳しさがなんとなくわかる気がする。小川棟梁が話しているときは、3人とも直立不動なのだ。そして、作業をするときもとても迅速に動くし、動きに無駄がない。小川棟梁が特に指示をしなくても、自らの作業をわきまえていて、すぐに動く。これは日ごろからきちんとした指導を受けていなければ、なかなかできないことだと思う。このような場では、笑いを交えてとても優しい感じで話をされるのだが、やはり仕事場では妥協を許さない、良い意味で厳しい棟梁なのだろう。

今回、初めて槍鉋が使われているところも見学できた。槍鉋そのものは展示品を見たことがあったし、使われているところをテレビで見たこともあったが、本物を見るのは初めてである。あの法隆寺や薬師寺の柱はこの槍鉋で削られている。あの柔らかい感触がよみがえってくるようだった。基本、お弟子さんが実演してくれるのだが、時々小川棟梁も実演してくれる。そうなると一気にシャッター音が増え、やはりみんな小川棟梁の技を見たいのだなあ、と思う。もちろん私もだが。前の方に座っていたこともあり、槍鉋で削ったときにできるくるくるとした削りかす(?)をもらうことができた。今は、大事に家に飾ってある。




他にも木組みを実際に組み立てる実演をしてくれて、なるほどと感心させられた。本当に釘などを全く使わず積み木のように組み立てていく。これが法隆寺、薬師寺はもちろん、唐招提寺などの多くのお寺で用いられている木組みなのだと思うと、本当に興味深い。まだまだその仕組みを理解したとは言い難いが、こんどお寺を訪れたとき、また見る目が違ってきそうだ。



小川棟梁の話はいろいろと面白かったのだが、一番印象に残ったのは、「良い道具を持てば、自然と良いものを作りたくなるんです。」という言葉だった。道具、特に大工にとっては鉋などの研ぎが重要なわけだが、しっかりと研がれた良い道具を持っていれば、こちらがあれこれ言わなくても、彼らは自ら良いものを作りたいと思い、作れるように努力していくのだという。だからこそ、まず研ぎなのだ、と語っていた。きっとこれは大工だけに言えることではないだろう。良いものを持つ。良いものを持つことで、良いものを生み出したいという願望が生まれる、というのは、すべての仕事や場面でも言えることのように思う。自分にとって、とても大事な言葉になった。

講演終了後も、多くの人たちが残り、鉋を体験させてもらっていたり、小川棟梁に話しかけたりしていた。私もできれば話を聞いてみたかったのだが、性格上なかなか自ら声をかけることができない。槍鉋のことだってもっと聞いてみたい、触ってみたい、という思いはあるのに、結局何もできず、何も話せず会場を後にしてしまった。後悔しても仕方がないが、もう少し勇気を持てばよかったなあ、と少し反省する。

とにかく楽しかった。小川棟梁が最初に手掛けた法輪寺の三重塔をもう一度見に行かなきゃ、と思ったのは言うまでもない。

2015年1月24日土曜日

思うこと

憎しみの連鎖がとまらない。

なぜここまで来てしまうのか。今まさに日本人がイスラム国から殺害予告をされている。そして先日のフランスで起きたテロ事件とデモ。

テロ事件は絶対に許されない。テロはなんの解決にもならない。どんな理由があるにせよ、人を殺めるのは間違っている。その上で敢えて理解できないと言いたいのが、フランスのテロ事件の発端と言えるシャルリの風刺画だ。イスラム教の創始者であるモハメッドを風刺した絵。これはどうしても理解できない。

熱心とは程遠いが一応ながらも自分はクリスチャンだと思っている。確かにクリスチャンになったばかりのときは、みんなクリスチャンになるべきだ、と思ってもいた。一神教であるクリスチャンという信仰のもとで初めてアンコールワットに訪れたとき、なぜ仏教とヒンドゥー教さらには土着の信仰までもが混在するのかまったくわからなかった。理解ができなかったと言ってもいいかもしれない。仏教なら仏教、ヒンドゥー教ならヒンドゥー教でお互いに相容れることはおかしいのではないか、と思っていた。それでもアンコールワットの魅力に取り付かれて何度も通ったり、本を読んだりしていく中で、そのような信仰の持ち方もあるのだ、と思えるようになってきた。もともと様々な宗教を良くも悪くも吸収してしまう日本のDNAを持っていたからなのか、なんでも受け入れてしまう仏教もそれはそれでありなのかな、とも思うようになってきている。そんなこともあり、あまり違和感なく寺巡り・仏像巡りに勤しんでいる面もあるのかもしれない。

たぶん、これは熱心なクリスチャンやイスラム教徒からすれば有り得ない考え方なのだろう。唯一絶対の神が存在している以上、「神々」などという言葉すらあり得ないはずだ。それもよくわかる。そして、宗教は自己と一体化されているものでもあるからこそ、さらに繊細な事柄にもなる。

あの風刺画だ。フランスの表現の自由を大事にする精神はわかる。でも、個人的に風刺画の文化は理解できない。人を傷つけてまで、それも心の奥深いところに根ざしている宗教という人の人格や生き方の部分まで土足で踏み込むような風刺画にはまったく理解ができない。

日本で原発事故が起こったとき、シャルリは複数の足を持つ力士を描いた風刺画を発行し、日本側が抗議したところ逆に日本はセンスがないと呆れられたという。彼らは原発事故で苦しんでる人々の気持ちがわからないのだろうか。家を離れることを余儀なくされ、不安定な生活を強いられている人々の思いや気持ちを汲み取る心はないのか。その風刺画を描くことで何をしたいのか、と問いたくなる。事故対応などの不備、原発問題を批判するならば、別の描き方もあるだろうに、と思ってしまう。

モハメッドの風刺画もよくわからない。そんなことをしたら、敬虔なイスラム教徒が怒るのは当たり前だろう。それがテロに繋がるのは間違っているが、ほんとうに一生懸命にイスラム教の教えを守って平和に暮らしてる多くのイスラム教徒達は怒るのもそうだが、やはり傷つけられているのではないだろうか。

イスラム過激派によるテロが起こると、決まってイスラム教徒のモスクを始め、イスラム教徒たちへの嫌がらせや暴力が起こる。これだって立派なテロだろう。ただ憎しみのはけ口にしているだけだ。

宗教というのはとても難しい。人の生き方そのものにかかわってくるからそ、熱心になればなるほど危険性もはらんでくるのかもしれない。良いと思われるものはなんでも受け入れてしまう、という日本の文化を理解してもらうのも難しいだろうし、一神教である宗教を日本側が理解するのも難しいのだろう。文化は宗教と深くつながっている。宗教から文化が生まれ、文化の中で宗教も変化する。

これからの時代、世界はますますグローバル化が進み、様々な価値観、宗教観を持った人たちが交差し交流する場が増えるだろう。そのとき、理解できないからと拒絶するのか、理解できないけれど受け入れるのか、平和を創るのか、暴力で相手を従わせるのか。

憎しみの連鎖がとまらない。その憎しみの応酬の中で苦しむ人々、特に子どもたちの姿を見るのが辛い。彼らこそ何の罪もないのに、暴力の応酬の中で暮らすことを余儀なくされている。

答が見えない。でも模索し続けていかないといけない。

2015年1月20日火曜日

西岡常一棟梁 墓参り

西岡常一棟梁といえば、法隆寺最後の宮大工と言われる方。法隆寺が私の寺巡り・仏像巡りの原点だけあって、法隆寺の宮大工だった西岡常一氏の本を読んだり、DVDを見たりしていた。特に西岡氏の書いた本からはいろいろと考えさせられること、思わされることが多くあり、自分に影響を与えた本の一つに挙げてもいいと思っている。

そんな西岡氏は残念ながらすでに他界されている。敢えて言わせてもらえれば、直に話を聞いてみたかった。講演会などはされていたのだろうか。

その西岡氏の墓参りをしてきた。もちろん、勝手に、である。知りもしない方の墓参りを勝手にすることはもしかしたら迷惑になるのかもしれないが、どうしても墓前に手を合わせたくて勝手にいろいろと調べてしまった。ネット社会の情報量はやはりすごいもので、西岡常一氏のお墓がどこにあるのかの検討がついた。行ってみて見つからなくても仕方がないと思っていたので、まずはとにかくその場所に行ってみようと思っていた。

この日は朝から青空が広がり、ピンと引き締まる寒さだった。雲は多いものの、風もなく穏やかな日だった。寒いのはあまり得意ではないのだが、風がなく気温が低い晴れた日は嫌いではない。いや、逆に好きかもしれない。ピンと張りつめた冷たい空気の中を、白い息を吐きながら歩く。身も心も引き締められるような感じになり、寒いながらも好きな気候の一つである。

JR法隆寺駅から車通りの激しい道を渡り、のどかな畑の中の道を歩くこと30分弱。西岡氏のお墓がある場所に着いた。斑鳩神社の裏手にある墓地だ。大体どの辺りにあるかはネット上の情報で得ていたものの、やはり実際に行ってみるとなかなか見つからない。西岡家の墓、と書かれた墓石がいくつかあり、西岡常一氏のお墓がなかなか見つからなかった。あまり墓地をうろうろしているのも気が引けるし、変に思われてしまうかもしれない、という不安もあり、一度はあきらめようかとも思った。それでもあと一回探してみよう、と見て回ったときにやっと見つけたのだ。

西岡常一氏の墓石の前で手を合わせた。赤の他人でもあるし、お会いしたこともない私である。それでもまずは「ありがとうございます」と伝えた。不揃いだからこその良さ、癖を生かす、100年・1000年先を見る。西岡氏が残した文章の中には、自分にとってとても大事な言葉がいくつも書かれている。これからもその言葉を大事にしていきます、とも伝えた。

来てよかった。お墓には綺麗な花が添えられていたので、最近親族の方が墓参りに来られたのだろうか。勝手な思いでここまで来たけれど、やはり手を合わすことができて良かった。墓前で手を合わせて語りかけるということは今までしたことなどほとんどないのだが、今回は特別だと勝手に考えた。たまには来させてもらってもいいだろうか。こちらの勝手な思いの行動なので、礼儀的にどうなのか不安な点がないでもないが、心から尊敬の意を込めて手を合わせているということで、ご容赦いただければと思っている。

2014年12月22日月曜日

やっとカンボジアへ

あっという間に年末になってしまった。仕事は一応一息ついているところで、今週は割合とゆったりと仕事ができるはず。そして27日が今年最後のお仕事。そして年末は念願のカンボジアへ!

今回はいつもより遅い出発なので、一週間ほどしかシェムリアップに滞在できないのだけれど、行けるだけでも良しとするべきか。今回の目的は二つ。一つは久しぶりにバンテアイ・チュマールやコーケーを訪れること。もう一つは布を織ること。

バンテアイ・チュマールやコーケーは久しぶりの訪問になる。奈良にはまり、仏像に興味を持ち始めた今、もう一度バンテアイ・チュマールの千手観音を見たいと思った。もともと、バンテアイ・チュマールの千手観音は好きで何度か見に行っているのだが、やはり仏像に興味を持ち始めた今、もう一度そういう目で見てみたいと思ったのだ。

そしてコーケー。こちらはピラミッド型の寺院があるのだが、数年前から上に登ることができなくなっていた。塔やピラミッド型の寺院など、上に登って周りの景色を眺めるのが好きなので、登れなくなってしまったと聞いたとき、コーケーの魅力が半減してしまった。そして、登れないのなら行かなくてもいいや、と思っていた。ところが今年、新しい木製の階段ができて上に登れるようになったと聞く。であれば、ぜひまた行ってみたい。

二つ目の目的の布。今まで何回もある工房でクロマーを織らせてもらっている。何種類かの幅や色で、今までにすでに10枚以上はクロマーを織っているだろうか。顔なじみの女の子たちも増え、家にも遊びに行かせてもらったりして、親交を深めてきている。そんな中、クロマーではなく布を織ってみたらどうか、というアドバイスを頂いた。そしてその布を仕立てに出してシャツでも作ってみたらどうかと。まったく考えたことがなかったことだったので、なるほど!と思った。自分で仕立てるほどの腕はないので外注になるが、自分で織った布で仕立てたシャツなんてすごいではないか。

ただ、シャツを仕立てるには4mほど必要らしい。一日に1m~1.5mほどしか織る力はないので、最低三日間は必要になる。となると、バンテアイ・チュマールやコーケーを抜かすと、ほとんど毎日工房に通う必要がありそうだ。それでも、なんとか仕上げたいと思っている。出来上がったら、このブログで紹介できればとも思う。

さてさて、あと一週間。カンボジア行を楽しみにしながら頑張ろう。

2014年12月10日水曜日

奈良と京都

どうも京都がしっくりこない。

久しぶりに京都に行ってきた。入ると思っていた仕事が入らないとわかったので、急遽京都日帰りパックを購入してしまった。紅葉もほとんど終了していたし平日でもあることから、それほどの人混みにはならないだろうとも思った。実際、ほとんどの場所では静かに見学することができた。

それなのに。奈良の方が好き、奈良に行けば良かった、と思っている自分がいる。

訪れた龍安寺は、たまたま中学校の修学旅行の団体と鉢合わせになり騒がしかったが、石庭はやはり心落ち着く好きな場所には変わりない。ほとんどの生徒が、石の数を数え、15個見えるとか見えないという会話に終始していたのには笑ってしまったが、15分ほどでいなくなったので、まあそれなりにゆっくりはできた。

大徳寺の四つの塔頭の石庭はほとんど誰も居らず、それこそ静かにゆっくりする事ができた。初めて訪れた大報恩寺の六観音の仏像も確かに美佛で素晴らしかった。

それなのに、である。京都にいるとなぜか落ち着かなくなってくる。どこかせわしない感じがして、ふぅ~、と息をつける感じがしないのだ。あまりにもたくさんの有名な神社仏閣と人々の生活がぎゅっと凝縮されすぎている感があるからかもしれない。それが京都の良いところだと言う人もいるだろう。ただ、私には合わないようだ。好きなお寺や仏像はあるので、たまには来たいと思うが、今のところ、心奪われるのは奈良のようだ。

そのような中でも、今回の日帰りパックで心が落ち着いた場所が一カ所ある。東寺だ。もともとはこぢんまりしたお寺が好きで、大きなお寺はやはり落ち着かなくて苦手なのだが、東寺は大きい割にはなぜか落ち着く。

一番好きなのは金堂だ。一般的には講堂の立体曼陀羅と呼ばれる21躰の仏像の方が有名かもしれない。それでも私は金堂の方が好き。まず金堂の建物そのものがいい。屋根の反り具合から柱の太さや組み方まで、繊細かつ堂々としていて好きである。さらに、安置されている仏像だ。薬師如来を中心に日光・月光菩薩が脇を固め、薬師如来の台座の側面にはずらりと十二神将が並んでいる。講堂に比べるととてもシンプルなのだが、好きな仏像たちばかりなので、ついつい見入ってしまう。さらに、自分の干支の神将がイケメンとあればさらにである。あまり人がいないのを良いことに、正面に座ってしばし眺めていた。

次に好きなのが、実は食堂だ。食堂は昭和8年の出火の際、本尊の十一面観音や四天王が焼けてしまった。その焼けて黒こげになった四天王が、現在の食堂に安置されている。高さ3メートル以上もある大きな四天王で、炭化してしまっているがすっくと立っている姿は勇ましい。腕は失われ、表情もほとんど読み取れないような状況にまで真っ黒になってしまっているが、なぜかその姿には感動を覚える。火にも負けない木の強さを訴えているような、そんな力強さを感じてしまう。

説明文には修復のための献金のお願いが書かれていたが、個人的には今のままで残して欲しいくらいだ。真っ黒に炭と化した姿でさえ、これだけ感動させられてしまう。もしかしたら、元の姿よりも感動しているのかもしれない。そんなことで、この食堂を意外と気に入っている。

外はすでに日が落ち始め、気温が下がり、風も強くなってきていた。雨雲が所々にあって、時折ポツリとしたものも感じた。そして見上げた空に大きな虹がかかっていた。最初のうちはきれいな半円を描いていた。

終わり良ければすべて良し、としておこうか。たぶん、当分は奈良通いの方が多くなる。でも、たまには京都にも来ようとは思う。そうしているうちに、少しは京都への思いはプラスに変わっていくだろうか。

木の影がなんともいい感じだった龍安寺の石庭
大報恩寺からの帰り道に寄った粟餅のお店 美味

2014年11月19日水曜日

「星と祭」 井上靖

井上靖氏著の「星と祭」を読んだ。


前回、海住山寺を訪れたときにお会いしたご婦人たちが、この本を読んで滋賀県の湖北にある十一面観音巡りをした、と聞いたからだ。職場の図書館で探してみたのだが置いていなかったので注文してもらうと、在庫もなく入荷する予定もないと言われたという。ところが、別の図書館から借りることができ、なんとか読むことができた。借りた文庫本も年期が入っていて、とても古さを感じさせる。アマゾンでのレビューも悪くないのになぜないのだろう? それほど古いということか。


観音巡りばかりの話ではないが、びわ湖を中心にして話が進む。詳しい内容を書くことは差し控えるが、読み終わり、私も湖北の観音巡りをしたくなったのは事実。特に主人公が観音像に対し、拝むわけでもなく、願い事をするわけでもない。それなのに惹かれるというようなことを言っており、ものすごく共感してしまった。湖北の観音様たちは基本的にお寺を持っていない。


地元の人たちが大事に守ってきたからこそ、今も多くの観音様たちが湖北にいらっしゃるのだそうだ。そんな観音様たちに会いに行こうと思った。交通の便も良くないようだし、予約をしないと見られないところがほとんどのようだが、海住山寺でお会いしたご婦人たちも絶賛していた観音様たちだ。


そのとき私は拝むのだろうか?

2014年11月11日火曜日

本を読むスピード

趣味の一つに読書がある。


ただ、毎回買っていると置き場所に困るので、仕事場の図書館を頻繁に利用している。暇さえあれば読みあさる時期があるかと思えば、パタリと読むのをやめてしまう時期もあったりして、我ながら波があるなとは思いつつ、最近は読みあさる時期に入っている。


半年ほど前は図書館にあった東野圭吾の本をほとんど読んでしまった。次に手をつけたのは図書館戦争シリーズで有名になった有川佑。さらに話題の池井戸潤。そして、NHKでドラマ化された裏同心シリーズも一気に読み終えた。裏同心シリーズくらいであれば、一日、二日あれば読み終えていた。


ところが。


先日、井上靖の「天平の甍」を読んだ時だった。薄い文庫本なのに、全然進まないのだ。面白くないからではない。漢字の量や文体の違いで、ゆっくり読まされていた。正直驚いた。文体でここまでスピードが落ちるものなのか。


天平の甍は鑑真和上が渡日するまでの話で、日本の遣唐使と共に留学僧として中国にわたった普照という僧侶を中心に話が進んでいく。まず恥ずかしながら、「併し」や「嘗て」が読めなかった。さらに、登場人物の名前が「普照」や「栄叡」である。他にも様々な耳慣れない名前や地名が出てくる。ゆっくり読まないと、あっという間にわからなくなっていた。


このような本もあったのだと改めて思い起こさせられたのと同時に、読みやすい本ばかり読むのもあまり良くないな、とも思った。無理に難しい本を読む必要はないかもしれないが、そればかりだと物足りなくなってくる。今回久しぶりに真剣にゆっくり読まされる本を手にとって、さらに読書の奥深さを知った気がしている。


今、読んでいるのは、同じく井上靖の敦煌。これが終わったら「星と祭」を読む予定だ。結局、この辺りも奈良巡り、仏像巡りに絡んできている。当然の成り行きなのかもしれない。


2014年9月6日土曜日

キリスト教と仏教

キリスト教と仏教。キリスト教に縁がありながら、奈良のお寺や仏像にはまって思うことを少し。

キリスト教は一神教。仏教は多神教と言っていいかな。気持ちとしては一神教の方が信じられる気がするし、神は一人であって欲しいとは思う。あまりにもたくさんいて喧嘩されても嫌だし。

それでも、多神教を信じる人たち、キリスト教では偶像崇拝と忌み嫌われる行為もなんとなく理解できる。キリスト教では偶像崇拝は大きな罪だ。悪霊への崇拝だとまで言われてしまう。それもわかる。それでも偶像を作りたくなる気持ち、仏像を作り拝みたくなる気持ちもわかる。

神は一人だと信じているので、奈良に行っても基本的には仏像を拝むことはない。でも拝みたくなる気持ちにもなる。

人はやはり見えるものがあった方が安心するのではないか。目の前に、助けてくれるとされる仏の形があれば、やはりすがりたくなるのではないだろうか。実際に目にすることでほっとするのではないだろうか。

何の形もないキリスト教は信仰が試されるのだという。確かに見えなものを信じるということは、見えるものを信じることより難しい。ただ、仏像を拝観しているとき、ふっと心が落ち着く感があるのは、やはりその顔を見ることができるからなのだと思う。

キリスト教も仏教も目指すところは同じ。人々の救いだ。ただし、その方法が大きく異なる。目指すところが同じなのに、方法が異なるからといって、戦争まで起こった。今も宗教戦争や宗教の違いによる争いは、世界のいたるところで起こっている。

一神教は多神教を認められない。それはそうだろう。一神教なのだから。でも、多神教は本当に悪なのか。カンボジアに通い始め、奈良のお寺や仏像に興味を持ち始めてからわらなくなった。

2014年9月3日水曜日

嬉しかったこと

中学生のとき不登校になり、高校にあがれなかったAという生徒がいた。中3のときに担任となったけれど、一学期の始めから学校に来られなかった。

その生徒が二年半振りに学校に来てくれた。これから高校に通うことにしました、と。二年以上寄り道をしてしまったけれど、やっぱり高校には行きたいと思って探したのだと。そして、見守ってくれてとても感謝していると。

正直驚いた。ずっと気になっていた生徒だったが、それでも連絡などは取れずにいた。そんな生徒が二年半を経て前向きに歩き出そうとしている。感謝されたけれど、私がなにかやってあげたという感は全くない。電話をして様子を聞き、何とか学校に顔を向けてくれればと願っているのが精一杯だった。なぜ学校に来られなくなってしまったのか結局わからなかった。

それが今、前を向いて歩き始めた。二年半の寄り道は大したことないよと伝えた。その期間、本人なりにいろいろ考え悩んでいたはず。その時間は無駄にならないと信じたい。無駄にならないような社会であって欲しい。

自分には何もできない。でも、それでもこの仕事が好きだと再認識した日だった。

2014年8月12日火曜日

悩む・・・

うちに来て欲しい、というありがたいお誘いを頂いた。でも、すぐにハイわかりました、と言うわけにもいかない。今の職場も自分にとって大事な場所だから。

なぜ自分がそこまで認められるのかがわからない。実は別の所からも声をかけて頂いている。なぜ? 自分が優秀な人材だと思ったことはない。悪いとも思わないがごく普通としか思えない。それなのに二カ所からお誘いを頂いてしまっている。

声をかけてもらったところは悪くない。きっとまたやりがいのある場所になるとも思う。
でも、今の場所にはたくさんの仲間がいる。職場だけでなく、職場を通してつながっている大事な仲間もいる。だから離れたくない。職場自体にはもちろん不満もあるけれど、それはきっとどこへ行っても変わらないだろう。ベストにはならないから、ベターかどうかなのだろう。

悩む。相談するにも、親しい人は今の職場とつながりの深い人たちばかりだから、さすがに相談しにくい。

どうしたらいいんだろう。期限は今年の12月。誰に相談すればいい? どうやって決断すればいい? 

まったくしがらみのない人に相談したらベストの答えをくれるんだろうか。でも、最終的に決断するのは自分。責任をとるのももちろん自分。

今の仲間から離れてやっていく自信はあるのか? 一歩を踏み出す勇気はあるのか? それは本当に勇気なのか? 逃げではないのか? オファーを貰ってから、ずっと自問自答している。正直辛い・・・。